いよいよ明日は第5回公判です。
明日を含めてあと2回ほどの審理を経て
判決を迎えることになりそうです。
明日、お時間がある方は是非とも傍聴席に座り
歯科技工士の戦いを応援して下さい。
4月25日金曜日 10:45より
東京地裁606号法廷にて
明日の公判に向けての準備書面が届きました。
前回よりよりわかりやすく、かつ多岐に渡る内容となり
あらたな事実も記されておりますのでお読み下さい。
平成19年(行ウ)第413号 損害賠償等請求事件
原 告 脇本 征男 ほか79名
被 告 国
準備書面 (3)
平成20年4月25日
東京地方裁判所民事第2部 御 中
原告訴訟代理人弁護士 工 藤 勇 治
同 川 上 詩 朗
原告訴訟復代理人弁護士 岩 ア 泰 一
第1 はじめに1 本準備書面は、被告の平成20年2月28日付準備書面(1)(以下「被告準備書面(1)」という。)に対して反論するものである。
2 被告国は、被告準備書面(1)において、歯科医師が歯科医師または歯科技工士以外の者(以下「無資格者」という。)に対し補てつ物等を作成させた場合、歯科技工士法2条1項ただし書の「自ら行う行為」として許されると主張する。このような解釈を前提とした場合、歯科医師は無資格者にも歯科技工を委託することができることになるのであるから、歯科技工士の業務独占は否定されることになる。つまり、被告国の主張においては、無資格者が補てつ物等を作成する行為が歯科医師が「自ら行う行為」であるとして許されるとの解釈は、歯科技工士の業務独占を否定する理由の一つになっている。
したがって、本準備書面では、まず最初に、被告国の上記主張に対して反論する。
2 次に、平成20年2月、米国で中国に委託した歯科技工物から鉛が検出される事件が生じた。日本でも中国から輸入した補てつ物等から不純物が検出されている。日本の仲介業者の多くが中国に委託していることからすれば、海外で作成された補てつ物等の安全性に対する危険性は現実的なものとなっている。日本では、歯科技工物の安全性は歯科技工士制度により担保することが予定されているが、被告国が海外委託を放任していることにより、歯科技工士制度が脅かされ、国民の健康に対する危険が現実化する事態にまで発展している。
そこで、このような新たな事態を受けて、あらためて歯科技工士制度の中核的要請である歯科技工士の業務独占が保全されるべきであり、被告国にはそれを保全すべき責務があることについて論じる。
第2 歯科技工の海外委託は歯科医師が「自ら行なう行為」に該当しないこと
1 被告国の主張 被告国は、「そもそも、歯科技工士法17条が禁止するのは、我が国において歯科医師又は歯科技工士以外の者が業として歯科技工を行うことであって、歯科医師が診療中の患者に対し自らの責任において海外で作成された補てつ物等を用いることを禁止するものではないのであり、同法2条1項ただし書きの『自ら』を、歯科医師が文字どおり『自ら』診療している患者のために補てつ物等を作成する場合に限定して解釈すべきものではない(原告らがいうところのケースCは、そもそも歯科医師にとっては歯科技工士法2条1項ただし書きに該当する)。したがって、歯科医師が、国外で作成された補てつ物等を輸入して患者に提供する場合は、歯科技工士法上は、歯科医師自らが歯科技工を行う場合(同法2条1項ただし書)に属する問題であって、患者を治療する歯科医師が歯科医学的知見に基づき適切に判断し、当該歯科医師の責任の下、安全性に十分配慮した上で実施されるべきものである。」と述べている(被告準備書面(1)6頁)。
2 被告国の主張に対する反論−「自ら行なう行為」の解釈(1) 「自ら行う行為」の拡大解釈
ア 歯科技工士法2条1項は、第三者が補てつ物等を作成する行為に着目し、本文において同法の適用対象となる「歯科技工」を定義し、ただし書で同法の適用を除外する場合を定めたものである。
イ 被告国は、同法2条1項ただし書きの『自ら』を、「歯科医師が文字どおり『自ら』診療している患者のために補てつ物等を作成する場合」に限定して解釈すべきものではないと述べる。したがって、被告国の上記主張は、歯科技工士法2条1項ただし書の「自ら行う行為」を「文字どおり『自ら』診療している患者のために補てつ物等を作成する」場合に限定せずに、「無資格者が補てつ物等を作成する行為」も歯科医師が「自ら行う行為」であると拡大解釈している点に特徴がある。
ウ そして、被告国は、「原告らがいうところのケースCは、そもそも歯科医師にとっては歯科技工士法2条1項ただし書きに該当する。」と断じている。ケースCとは、歯科医師が無資格者に対して補てつ物等を作成させたケースである。
(2)ケースCは歯科医師が「自ら行う行為」ではない
ア そこで、まず、ケースCが日本国内で行われた場合を想定してみると、「無資格者が補てつ物等を作成する行為」は、歯科技工士法17条1項に違反する違法な行為である。他方、当該行為が歯科医師が「自ら行う行為」であると解されるならば、同法2条1項ただし書により適法な行為となる。「無資格者が補てつ物等を作成する行為」という同じ事実に対して、歯科技工士法上、違法、かつ、適法であると矛盾した結論を導く解釈は、解釈として妥当でない。
イ そもそも、補てつ物等は特定の患者の口腔内に装着されるものであるから、何よりも安全性かつ適合性が確保されなければならない。従来は、歯科医師以外の者が補てつ物等を作成することについて何らの規制も及んでいなかった。そのため、粗悪な補てつ物等が作成され、国民の健康に害を与えるおそれがあった。
そこで、歯科医師が第三者に補てつ物等の作成を委託する場合、委託を受けた者(受託者)が補てつ物等を作成等する行為を歯科技工士法上「歯科技工」とし(歯科技工士法2条1項本文)、同法の規制を及ぼすことにした。他方、歯科医師が第三者に委託するのではなく「自ら」行う場合、あえて一連の歯科医業行為から補てつ物等の作成行為のみを取り上げて規制を及ぼす必要はないことから、「自ら行う行為」であるとし、同法の適用外とした(歯科技工士法2条1項ただし書)。すなわち、歯科技工士法2条1項ただし書の「自ら行う行為」であるか否かは、歯科技工士法の適用を画する概念なのである。
ウ この点、能美光房教授も次のように述べている。
すなわち、歯科技工士法2条ただし書が、歯科医師がその診療中の患者のために「自ら行う行為」を除いた趣旨は、「当該行為は、歯科診療行為すなわち歯科医療の一環として行われる行為であるから、あえて歯科医業の中から歯科技工に該当する部分の行為だけをとりだし、これに対して歯科技工士法による規制を加える必要がないからである。したがって、たとえ歯科医師が行う行為であっても、自分が診療している患者以外の人間のために行う歯科技工的な行為は、歯科技工士法でいう『歯科技工』の概念に該当することになり、当然歯科技工士法の対象になる」(能美光房「歯科技工士関係法規」48頁乃至49頁。なお、野田寛「医事法」上巻85頁以下も同趣旨である)。すなわち、たとえ歯科医師(B)であっても、他の歯科医師(A)から補てつ物等の委託を受けた場合には、Bの行なう補てつ物等の作成行為は、歯科技工士法上の「歯科技工」に該当するのである。
エ 歯科技工士法2条1項の上記趣旨に照らせば、歯科医師が歯科技工を第三者に委託する場合とそれ以外の場合を区別し、第三者に委託する場合には全て同法の規制を及ぼすべきことになる。
それゆえ、歯科技工士法の適用除外を認めた法2条1項ただし書の「自ら行う行為」とは、文字どおり、歯科医師が第三者に委託せず、自ら行う場合に限定して解すべきである。
オ そして、上記解釈は、第三者への委託が海外になされた場合であろうと、日本国内で行われた場合であろうと変わらない。けだし、同一の法文上の文言は同一に解するべきであるし、それを異なるように解釈すべき合理的理由はないからである。
カ このように、歯科技工士法の適用を画する決定的なメルクマールは、歯科医師が歯科技工を第三者に委託した場合か否かにある。上記ケースCの場合、歯科医師が無資格者に補てつ物等の作成を委託する場合である。したがって、歯科技工を委託した先が日本国内であろうが海外であろうが、いずれの場合も無資格者が補てつ物等を作成する行為は、歯科技工士法2条1項ただし書の「自ら行う行為」には該当しない。
3 小括 以上から、歯科技工の海外委託が歯科医師の「自ら行う行為」に該当するとして適法であるとする被告国の主張は誤りである。
第3 歯科技工の海外委託を歯科医師の裁量を理由に正当化することはできない
1 被告国の主張 被告国は、「歯科技工士法17条が禁止するのは、我が国において歯科医師又は歯科技工士以外の者が業として歯科技工を行うことであって、歯科医師が診療中の患者に対し自らの責任において海外で作成された補てつ物等を用いることを禁止するものではない」とも主張している。
この主張は、第1に、歯科技工士法17条は、「我が国において」無資格者による歯科技工を禁じているのであるから海外で無資格者が歯科技工を行ったとしても同条は適用されず違法とならないこと、第2に、歯科医師が自らの責任で海外で作成された補てつ物等を「用いる」ことを禁じる規定はなく、むしろ「歯科医師の裁量」により許されると主張しているように思われる。
同法2条1項ただし書の「自ら行なう行為」の解釈論では、「無資格者が補てつ物等を作成する行為」が「自ら行う行為」であると解釈したのに対して、上記主張は歯科医師が歯科技工物を「用いる」行為を取り上げ、歯科医師の裁量を理由に適法であることを主張しているものと思われることから、後者を前者と一応区別して論じる。
2 被告国の主張に対する反論−歯科医師の裁量は適法の理由にならない
(1) 国内委託の場合ア 歯科医師が歯科技工物を「用いる」行為は、それ自体が独立して存在しているわけではない。
そもそも、特定の患者に対して歯科診療を行うに際に第三者に補てつ物等の作成を委託する場合、@歯科医師が特定の患者を診察し、A「型取り」をし、B歯科医師が第三者に補てつ物等の作成を指示書に基づき指示し、C第三者が指示書に従い補てつ物等を作成し、D第三者が歯科医師に対し作成した補てつ物等を交付し、E歯科医師が補てつ物等を患者に装着させるという一連のプロセスを経て行われる。
このうち、@ABEは歯科医師が自ら行う行為であり、CDは第三者が行う行為である。
イ このうち、第三者による補てつ物等の作成(C)は、当該患者を診療している歯科医師の指示(B)なくして作成することはできない。歯科技工士法18条は、指示書によらずに歯科技工を行ってはならないとの規定を設け、また、同法19条は指示書の保存義務を定めたのも歯科医師の指示なくして第三者が補てつ物等を作成できないことから規定されたものである。
この点、昭和30年10月12日に厚生事務次官から各都道府県知事宛に発せられた通知(厚生省発医第110号)にも、「歯科技工の業務はもとより歯科医師の指示が前提となるものであるが、歯科医師の指示が確実に行われ、かつ、適正な補てつ物、充てん物、または矯正装置が作成されることを担保するための要件として、指示書によるべきことを定め、その保存義務をも課したものであり、これが確実に行われるように特に指導されたいこと。」と明記されている。
したがって、歯科医師の@ABの各行為と、第三者のCの行為は、分断することはできず、相互に密接に関連しながら一連のプロセスとして作業が行われることになる。
同じように、第三者のCDの各行為と、歯科医師が最終的に歯科技工物を「用いる」行為(E)も、特定の患者を診療している同一の歯科医師が行っている行為であるから、両者を分断することはできず、相互に密接に関連しあいながら一連のプロセスとしての作業が行われることになる。
ウ ところで、第三者が無資格者の場合、無資格者が補てつ物等を作成する行為(C)は歯科技工士法17条1項違反となるが、歯科医師の指示なくして無資格者は補てつ物等を作成できないのであるから、無資格者による補てつ物の作成という違法行為は、歯科医師の指示(B)により惹起されたことになる。そして、歯科医師は、自ら違法行為を惹起させて作らせた補てつ物等を「用いる」ことになる(E)。
そこで、無資格者による補てつ物等の作成という違法な行為を惹起した歯科医師の指示行為(B)や、違法な行為により作成された補てつ物等を「用いる」行為(E)のいずれも、歯科医師の裁量として許されるのかが問題となる。
エ 歯科医師法は、歯科医師の歯科医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為を「歯科医業(行為)」とし(野田寛「医事法」上巻70頁)、歯科医師でなければ「歯科医業」をなしてはならないとし、歯科医師の歯科医業業務の独占を認めた(歯科医師法17条)。その趣旨に照らすならば、歯科医師には一定の裁量が認められることは否定できない。
しかし他方で、前記のとおり、歯科医師が第三者に補てつ物等の作成を委託する場合、委託された者(受託者)が行なう補てつ物等の作成を「歯科技工」とし(歯科技工士法2条1項本文)、無資格者による歯科技工を禁じるなど(歯科技工士法17条1項、同法18条など)、歯科技工が適正に運用できるような制度を設けている。これにより、粗悪な補てつ物等が作成されることを防止し、国民の健康の安全を確保しようとしたのである。
その前提には、歯科医師の裁量が認められるとしても、補てつ物等の作成を第三者に委託する場合には、歯科医師の裁量に委ねるだけでは粗悪な補てつ物等の作成を防止することが十分に図れないことから、上記制度が設けられたものである。
そうだとすれば、歯科医師に裁量が認められるとしても、歯科技工士制度の趣旨、同法2条1項、17条1項、18条等の規定に違反する行為を惹起することは原則として認められない。
ただし、患者の治療のために無資格者に対して補てつ物等を作成させなければならないとか、指示書によらずに補てつ物等を作成させなければならないような特別の事情がある場合に限って、例外的に無資格者に補てつ物等を作成するように指示したり、指示書によらずに作成するよう指示することが許されると解する(ただし、その様な場合はおよそ想定できず、極めて限定された場合であると思われる)。
オ また、第三者に補てつ物の作成を指示する(B)のも、指示に基づき作成された補てつ物等を「用いる」(E)のも、同一の歯科医師により行われる。したがって、違法に補てつ物等を作成するよう指示すること(B)が許されない以上、違法に作成された補てつ物等を「用いる」(E)ことも原則として許されないと解すべきである。
けだし、無資格者が作成した補てつ物等や、指示書によらずに作成された補てつ物等についても、一切制限なく歯科医師の裁量により自由に「用いる」ことが許されるとすれば、歯科技工士法が歯科技工士制度を設けた趣旨、同法2条1項、17条1項、18条等の趣旨が失われてしまうからである。
カ 以上のとおり、歯科医師の裁量といえども、原則として、歯科技工士法に基づき創設された歯科技工士制度の枠内で認められるものと解すべきである。
キ ところで、無資格者が補てつ物等を作成した場合、無資格者は1年以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処せられる(歯科技工士法28条1号)。そして、前記のとおり、歯科医師の指示なくして無資格者は補てつ物等を作成できないのであるから、無資格者による補てつ物の作成という違法行為は、歯科医師の指示(B)により惹起されたことになる。それが故に、歯科医師は、歯科技工士法28条1号に関する共同正犯(刑法60条)ないしは教唆犯(刑法61条)や従犯(刑法62条・63条)として刑罰に処せられる可能性がある。
これに関連して、原告は、原告準備書面(1)7頁に、(a)医師A(原告準備書面(1)では「歯科医師A」と書かれているが「医師A」の誤りであることからそのように訂正する)が医師の免許を持たない無資格者Bに検眼等をさせた事案、(b)医師Aが看護師等の免許を有していないBに超音波検査をさせた事案のいずれも、Aをも処罰していることを紹介し、原告の上記主張の正当性を主張した。
これに対し、被告準備書面(1)では、上記両事案はいずれも「医師が自らの責任においても無資格者に当該業務をさせることがそもそも許されない行為に関するものであり、本件とは事案を異にする」と反論している。
しかし、上記(a)(b)の各事案も、本件で問題となっている歯科医師Aが無資格者Bに歯科技工を行わせた事案も、ともにBが無資格者であり、Bが行った行為が違法であり、AがBの違法な行為を惹起させていることでは、事案は同じである。被告国が事案を異にする理由として、本件は歯科医師が自らの責任においても無資格者に当該業務をさせることがそもそも「許される行為」であるのに対して、上記(a)(b)の各事案は、それが「許されない行為」であると反論している。しかし、本件が「許される行為」であるというのは、被告の見解を前提としたものであり、それ自体が争いになっている。したがって、被告の上記反論はトートロジーであり、反論としては失当である。
以上から、無資格者に歯科技工を指示した歯科医師も処罰されると解することは正当であり、被告国の上記反論はいずれも失当である。
(2) 海外委託の場合 ア 上記(1)では、無資格者による補てつ物等の作成が日本国内で行われたばあいについて論じたが、海外で行われた場合についても上記(1)の主張は妥当する。
イ この点、被告国は、海外において無資格者が補てつ物等を作成した場合、歯科技工士法は適用されないことから、当該第三者の行為につき同法17条1項違反ということはできない。そこで、歯科医師が海外の無資格者に補てつ物等を作成するよう指示することも(B)、海外で無資格者が作成した補てつ物等を「用いる」ことも(E)、いずれも歯科医師の裁量として許されると主張する(なお、海外で指示書によらずに補てつ物等を作成した場合も同様の問題が生じる)。
ウ しかし、無資格者が補てつ物等を作成することや、指示書によらずに補てつ物等を作成することにより、粗悪な補てつ物等が生じる危険性は、国内であろうが海外であろうが変わりはない。むしろ、歯科医業に関する法整備が不十分な海外で行われた場合には、国内よりもさらにその危険性が高まるともいえるのである(後述するとおり、平成20年2月、アメリカで中国に海外委託をした歯科技工物から鉛が検出されるという事件が生じた。また、日本でも中国で作成された「純チタン」と称せられる歯科技工物について通常有する品質よりも劣っている分析結果が出ている。このことは、海外で作成される補てつ物等の中には極めて危険なものも存する事実を示している)。
しかも、歯科医業は前記のとおり、@ないしEの各行為が相互に関連し合いながら一連のプロセスとして行われるのであり、最終的には、日本国内の患者の口腔内に装着されるのである。補てつ物等が作成された場所が日本国内であろうが海外であろうが、患者の口腔内に装着されるべき補てつ物等が安全であることは当然でありそこに差異を設けることは許されない。
また、歯科医師が第三者に補てつ物等の作成を委託する場合、単に歯科医師の裁量のみに委ねていたのでは第三者が作成した補てつ物等の安全性を担保することが十分ではないが故に、歯科技工士法が制定されたことは前記のとおりである。海外に補てつ物等の作成を委託する場合も、単に歯科医師の裁量にのみ委ねることの危険性についても変わりはないのである。
また、個々の歯科医師は、海外に委託した補てつ物等に関して、海外の歯科技工を仲介している業者から説明を受けた場合、その内容の真偽を確認すべき術がないのが実情である。補てつ物等が作成された技工所はどこか、技工所の公衆衛生は十分に確保されているのか、補てつ物等に使用されている材料は安全か等について判断できるに足りるだけの情報を得ていない。海外で作成された補てつ物等の安全性を確認すべき何らの制度もない状況のもとで、もっぱら歯科医師の裁量に委ねられても、歯科医師に不可能を強いるに等しい。
したがって、歯科医師の歯科医業行為に裁量が認められることを前提に、歯科技工士制度を設けることで、粗悪な補てつ物等を防止し、国民(患者)の健康と安全を守ろうとした歯科技工士法の趣旨は、補てつ物等が海外で作成された場合にも当然に及ぼすべきである。
第三者が補てつ物等を作成すること(C)が海外で行われていたとしても、その行為だけに着目し、歯科技工士法が適用されないとの形式的理由により歯科医師の裁量に完全に委ねることは、かかる歯科技工士法が歯科技工士制度を設けた趣旨や、同法2条1項、17条1項、18条等の趣旨に反する。
エ 上記プロセスのうち、歯科医師の行なう@ABEはいずれも日本国内で行われるのであるから、日本国内で行われる歯科医師の上記@ABEの各行為には、当然、歯科技工士法上の上記趣旨が及ぼすことができる。したがって、日本国内の場合と同様に、歯科医師の裁量といえども、原則として、歯科技工士法に基づき創設された歯科技工士制度の枠内で認められるものと解すべきである。それゆえ、歯科医師は、原則として無資格者に対して補てつ物等の作成を指示してはならず、また指示書によらずに補てつ物等を作成させてはならない。
なお、歯科技工の海外委託の場合、実態としては、指示書によらずに無資格者が作成している場合が大部分であるから、歯科医師がそれらの行為を行うよう指示していること、あるいは海外で作成された補てつ物等を用いていることは、そのほとんどが違法であるといわざるをえない。
3 小括 以上から、歯科技工の海外委託を歯科医師の裁量を理由に正当化することはできない。
第4 歯科技工士法等は歯科技工士の業務独占を認めている。
1 被告国の主張 被告国は、歯科技工士法は「国内の歯科技工士に対し、その業務の独占的地位を志向するものと言うことはできないし、営業の利益を保障したということもできない。すなわち、歯科技工士法は、わが国で歯科技工に業として携わる場合の取扱を定めたにすぎず、歯科技工士に対し、歯科技工に対する独占的かつ排他的な経済的利益ないし地位を保障するものではない。」と主張する(被告準備書面(1)4頁)。
2 原告らの主張(1) 被告国は、前記のとおり、無資格者が補てつ物等を作成することは歯科医師が「自ら行なう行為」(歯科技工士法2条1項ただし書)であると主張する。また、歯科医師の裁量により許されるとも主張している。
被告国は、上記主張を前提に、歯科医師は、第三者に補てつ物等の作成を委託する場合、無資格者を選択するか否かの自由を有するがゆえに、歯科技工士は業務を独占することにはならないとの結論を導き出している。
(2) しかし、歯科技工士法2条1項ただし書の「自ら行う行為」に関する上記拡大解釈が間違いであること、歯科医師の裁量といえども歯科技工士制度の枠内で認められるべきであり、原則として無資格者に補てつ物等の作成を委託してはならないことはすでに述べたとおりである。
そもそも、歯科技工士法17条1項は、歯科医師または歯科技工士以外の者が歯科技工を行うことを禁じている。それは、無資格者による補てつ物等の作成を禁じることで、粗悪な補てつ物等が作成されることを防止し、国民の健康と安全を守ろうとしたからである。その結果、歯科技工は、歯科技工士および歯科医師のみが行えることとなった。
なお、同条項の「歯科医師」とは、補てつ物等の委託を受けた者である(歯科医師Aが歯科医師Bに対して補てつ物等の作成を委託した場合の歯科医師B)。けだし、同法2条1項ただし書でも論じたとおり、歯科技工士法は、歯科医師が第三者に補てつ物等の作成を委託した場合に、第三者が補てつ物等を作成する行為を取り上げて、それを無資格者が行うことを禁じたものだからである。
また、特定の患者を診療している歯科医師は、第三者に補てつ物等を委託する場合には、原則として、歯科医師または歯科技工士に対して委託しなければならないことは、前記のとおりである。
したがって、一般人に対しても、また特定の患者を診察している歯科医師に対しても、歯科技工士は、歯科医師(上記例でいえば歯科医師B)とともに、歯科技工の業務を独占的に行うことができる地位にある。
(3) しかも、歯科医療での実態をみれば、歯科医師が他の歯科医師から補てつ物等の作成を受託している場合は少なく、もっぱら歯科技工士が受託しているのであるから、実態は歯科技工士がもっぱら歯科技工業務を独占しているといえるのである。
すなわち、原告準備書面(2)では、歯科医療において歯科医師、歯科技工士、歯科衛生士のチーム医療が極めて大切であり、そこで歯科技工士の果たすべき役割の重要性について詳しく述べた。特に、昭和56年から、歯科医師の国家試験の受験科目から補綴に関する実技試験が無くなった。その結果、歯科医師の中には、歯科技工を十分に習得せずに歯科医師になっている者もいる。したがって、今日の歯科医療は歯科技工士無くして成り立たないのであり、歯科技工士がもっぱら歯科技工業務を担っているのである。
(4) 歯科技工士が歯科技工の業務を独占していることは、先に引用した昭和30年10月12日に発せられた厚生事務次官の各都道府県知事宛の「歯科技工法の施行について」と題する通知(厚生省発医第110号)の中でも明言している。
すなわち、同通知では、「歯科技工の業務は高度な専門的技術が要求されるものであるにもかかわらず、従来何等の規制が行われることなく放任されていたため、粗悪な補てつ物、充てん物または矯正装置が作成され歯科医療に多くの支障を来した事情にかんがみ特に歯科技工の業務は歯科医師および歯科技工士の業務独占としたものであること」と述べている。被告国自らも「業務独占」と明言しているのである。
また、能美光房教授も歯科技工士法17条1項の解説文の中で、「本条第1項は、歯科医師または歯科技工士以外の一般人に対し、業として歯科技工を行うことを禁止した、業務独占の規定である」と説明している(能美光房「歯科技工士関係法規」66頁)。
さらに、野田寛教授はその著書の「第三節 医療関係者の業務独占と名称独占」との題名の中で、「…今日、医師、歯科医師以外にも多種の医療関係者が法定されているが、それらの各職種をいわゆる『業務独占』と『名称独占』とによって分類すると、…『業務独占』のみを有するものとして、…歯科技工士(歯技一七条)…などがあり」と述べている(野田寛「医事法」上巻54頁)。
(5) 以上のとおり、歯科技工士法の解釈上も、行政通達上も、学説上も、歯科技工の実態に照らしても、歯科技工士に歯科技工の業務独占が認められるとされているのである。
したがって、歯科技工士の業務独占を否定する被告国の上記主張は、被告国自ら発している上記通知にも反する、極めて特異な主張であるといわざるを得ず、主張自体失当である。
第5 原告らには訴の利益および確認の利益が認められる1 歯科技工士法は、歯科医師の裁量的判断だけでは粗悪な補てつ物等を防止することは困難であるとの認識のもと、無資格者の歯科技工を禁じ、歯科技工士の業務独占を保障することで、粗悪な補てつ物等を防止し、国民の健康と安全を守ろうとしたのである。したがって、歯科技工士法は、究極的には国民の健康と安全を守ることを目的としているが、そのためには無資格者による歯科技工を禁止することが必要不可欠である。そこで、同法は、無資格者による補てつ物等の作成を禁じ(同法17条1項)、歯科技工士に歯科技工業務の独占的地位を保障することで、粗悪な補てつ物等の作成を防止し、国民の健康と安全を守ろうとしたのである。
国民の健康と安全を守ることと歯科技工士の業務独占は、解離できないほど不可分一体である。歯科技工士の業務独占の保全なくして国民の健康と安全の確保はありえないのである。
したがって、被告国は、粗悪な補てつ物等が作成されることにより国民の健康と安全が脅かされることがないように、歯科技工士の業務独占を維持・発展させるべき責務を負っている。
またそれに対応して、歯科技工士は、歯科技工士の業務独占をおびやかすことに対しては、被告国に対してその地位を保全すべきことを要請すべき法的権利を有していると解すべきである。
2 歯科技工の海外委託を斡旋する業者は年々増加しており、歯科技工士としての業務独占を現実的におびやかすおそれはますます高まっている。
しかも、原告らが有する歯科技工業務の独占的地位に対する脅威は、被告国の平成17年通達のみならず、国会での被告国の答弁、国会議員による質問主意書に対する被告国の答弁、さらには、何よりも、本件訴訟において無資格者が歯科技工を行うことは歯科医師が「自ら行なう行為」であり許されるとの見解を明確に示したことにより、現実的かつ切実なものとなっている。
そして、歯科技工士である原告らには、上記脅威により生じている不安が現に存在しているのであり、その不安を除去する方法としては、原告と被告間で、歯科技工士である原告に業務の独占的地位が認められていること、被告国に対して業務の独占的地位の保全を求めることができる法的権利があることを確認する判決をすることが有効かつ適当である。
3 したがって、歯科技工士としての原告らの法的地位の保全を求めることについて訴の利益および確認の利益が当然に認められる。
第6 被告国には損害賠償が認められる
1 海外で作成された補てつ物等の危険性
(1) 海外で作成された歯科技工物から鉛が検出された事例(米国)ア アメリカにおいて海外で作成された歯科技工物から鉛が検出された事例が報道されている(甲26号証)。
すなわち、平成20年2月26日、アメリカの歯科技工士らの組織である米国歯科技工所協会(The National association of dental laboratories)は、会員各位に対し、海外で製作された歯科修復物から鉛汚染が発見されたことを公表した。
報道によれば、アメリカのオハイオ州在住の患者が、口腔内に装着された歯科修復物が鉛に汚染されていることを示す資料を同協会宛に提出した。高齢の女性が被害を訴えたことから、歯科医師が口腔内から撤去後調査したところ、製作指示書が海外の歯科技工所に送付されたこと、修復物は中国で製作されたことが明らかになった。患者が修復物を科学研究所へ送り分析したところ、使用された材料、すなわち修復物のポーセレン内に危険なレベルの鉛が発見された。この件に注目したオハイオのテレビ局は、いくつかのクラウン製作を海外技工所に発注し、その海外委託した技工物を分析したところ、中には、210 parts per million of leadの鉛が発見された。これは、米国議会が2007年、中国製玩具回収の際に許容したレベル、すなわち90 parts per millionを上回っている。テレビ局のテストは、オハイオ州の化学研究所で行われたが、同協会がボストン大学歯学部でもテストを行ったところ、放射線アイソトープ・トレースの含有も認められたというものである。
イ 本訴訟では、既に歯科技工の海外委託を仲介している業者を紹介していいるが、いずれも中国で補てつ物等が作成されている。今回、米国で鉛の含有が認められた歯科修復物は中国で作成されたものである。したがって、日本から中国に発注されている歯科技工物の中にも、鉛や放射線アイソトープ・トレースのような有害な物質が含まれているおそれは皆無とはいえない。
(2) 中国製技工物の品質が劣っている事例 原告らは、日本の歯科医師から中国の技工所に発注した義歯を入手し、その成分分析を行ったところ、「純チタン」と称されているものの中からニッケル等が検出された(甲27号証)。日本で作成された「純チタン」の中には、通常、ニッケル等は含まれていない。この義歯からは、アメリカで検出された鉛や放射線アイソトープ・トレースのように、直ちに国民の健康に害を及ぼす物質が含まれていたわけではない。しかし、いくつもの歯科技工物を分析したのではなく、たまたま入手できた一個の義歯を分析したにすぎない。それにもかかわらず、いわば通常「純チタン」と称せられる技工物の品質水準に照らして劣ったものが作成されていた結果が出ているといことは、他にも中国で作成された歯科技工物の中には品質の劣ったものが作成されているおそれが極めて高いといえる。
(3) 海外委託物による被害の報告 原告らの中には、義歯を口腔内に装着したところ、アレルギー反応を示したために、歯科医師が義歯の作成先に問いただしたところ、義歯が中国で作成されたものであることが分かった旨の話しを歯科医師から聞いた者もいる。したがって、現在においては顕在化してはいないが、海外で作成された補てつ物等によりアレルギー反応等の傷害を起こした患者が現に日本にもいる可能性は否定できない。
(4) 小括このように、今日、海外で作成された歯科技工物が国民の健康や安全をおびやかす危険性が現実化している。これは、海外において無資格者が補てつ物等を作成しているなど、歯科技工士の業務独占が脅かされている状況の下で発生しているものである。
したがって、被告国は、国民の健康の安全確保のために、補てつ物等を海外で作成することは危険であるので止めるよう周知徹底するなど、粗悪な補てつ物を防止するために適切な措置を速やかにとる必要がある。
2 被告国の「過失」−作為義務違反(1) 前記のとおり、アメリカでは中国で技工された歯科技工物から鉛が検出され、実際にそれによる被害者が生まれている。日本国内で海外委託を扱っている業者の多くは、中国の技工所と提携をしている。したがって、日本において海外委託をされた補てつ物等の中にも、健康を害する危険な物質が含まれている可能性がある。
(2) しかも、海外で作成された補てつ物等の安全性を担保する仕組みが全くない。
ア 日本国内で補てつ物等を作成するには、指示書に基づかなければならず(歯科技工士法18条)、かつ、指示書の保管義務も定められている(同法19条)。補てつ物等には多様な金属が用いられている。それが人の口腔内に装着された場合に、患者が金属アレルギーによる症状を呈する場合がある。その場合、日本国内の歯科技工所で作成された補てつ物等であるならば、保管されている指示書などを元に、当該補てつ物等を作成した歯科技工士や、当該補てつ物等に用いられた金属の種類等を特定することができる。それにより、金属アレルギーの原因を解明することができる。
イ ところが、中国などに海外委託された補てつ物等の場合、当該補てつ物等を作成した者を特定することは困難である。なぜなら、中国での歯科技工は、一般に、歯科技工を請け負った技工所がさらに下請けに出す場合が多いとされている。したがって、仲介業者を介して委託先の歯科技工所を特定できたとしても、当該補てつ物等がその歯科技工所で作成されたとは限らないからである。
ウ さらに、当該補てつ物等に用いられた物質を特定することも困難である。なぜなら、日本の場合、日本国内で用いることができる補てつ物等の素材(物質)は、通常、薬事法上許可されているものを使用するが、海外委託の場合、用いられる素材(物質)の安全性を担保する制度は何もない。海外で作成された補てつ物等は、全て「雑品」扱いで輸入されているのが現状である。
したがって、実際に用いられている素材(物質)を解明するには、当該補てつ物等を分析をしてみなければ特定することが困難となる。
エ これらのことからも、海外で作成された補てつ物等の安全性は十分に担保されていない現状のもとで、国民の健康を害する危険な補てつ物等が海外で作成されているおそれが否定できない。
アメリカで歯科技工物から鉛が検出されたことに照らしても、その危険性は現実的なものといえる。
(3) そもそも、国民の健康と安全の確保というのは、本来国が果たすべき当然の責務である。歯科医業および歯科技工に関しては厚生労働省の所管であるが、厚生労働省は「公衆衛生の向上及び増進」を図ることを任務とし(厚生労働省設置法3条1項)、その任務を達成するために「医療の指導及び監督に関すること」(同条10号)、「…歯科医師に関すること」(同条12号)、「歯科技工士…に関すること」(同条13号)、「医薬品、医療部外品、化粧品、医療用具その他衛生用品の品質、有効性及び安全性の確保に関すること」(同条31号)に関する事務をつかさどると定められている。
被告国は、上記監督権限を有する者として、海外で作成された補てつ物等の安全性に対して、その実態を十分に把握し、国民の健康と安全を確保するために、適切な指導監督を行うべき責務を有している。
(4) 具体的には、海外委託問題を調査し実態を把握するとともに、歯科医師らに対して海外で作成された補てつ物等の危険性を指摘し、原則として海外に補てつ物等の作成を委託したり、海外で作成された補てつ物等を用いることのないように周知徹底するなど指導すべき義務を負っている。
(5) ところで、この注意義務は抽象的でも足りるというのがいわゆる予防接種訴訟におけるいくつかの高裁段階での判断である。
そこでは、予防接種がそもそも一定の危険性を伴うものであることを前提に「厚生省の業務を統括する厚生大臣は、予防接種による事故の発生を防止するために必要な措置をとるべき法的義務を負っているものといわなければならない」とされ、結論的には、「厚生大臣を初めとする厚生省当局は…接種現場の予診体制を速やかに改善するための具体的措置を行うべき義務に違反」し、かつ「厚生大臣には、接種を担当する一般の医師に禁忌者を除外するための予診の重要性を周知徹底すべきであったのに、昭和50年頃まで積極的にこれを行わなかった過失がある」とされている(大阪高判平成6年3月16日判時1500号15頁。その他、類似の判断を示すものとして、東京高判平成4年12月18日判時1445号3頁、福岡高判平成5年8月10日判時1471号31頁など)。
これらの判決においては、厚生大臣が予防接種を実施する場合に終章的に課せられている副反応事故回避のために必要な措置をとるべき法的義務の懈怠を理由に、厚生大臣の過失が認められている。ここでは、被接種者が禁忌者に該当するか否かを問わず、すなわち具体的危険性が存在するか否かを問わず、全国の接種対象者一般について抽象的に認められる注意義務の違反とそれに基づく抽象的過失が認められている(室井力・芝池義一・浜川清編「行政事件訴訟法・国家賠償法」第2版526頁乃至527頁)。
(6) 被告国は、実態調査の把握すら行っていないことはこれまで述べたとおりである。さらに、被告国は、アメリカで海外委託物から鉛が検出されたとの報道がなされているにも関わらず、歯科医師らに対して海外で作成された補てつ物等の危険性を指摘し、原則として海外に補てつ物等の作成を委託したり、海外で作成された補てつ物等を用いることのないように周知徹底していない。
(7) したがって、被告国には過失が認められる。
2 「違法」−歯科技工士法違反(1) 歯科医業に対する被告国の対応が違法か否かを判断するにあたっては、歯科医師法や歯科技工士法など歯科医業に関する法規に違反しているのか否かが重要な判断要素となる。
(2) 前記のとおり、歯科技工士法は、歯科技工士制度を設け、無資格者による歯科技工を禁止(同法17条1項)することにより、歯科技工士の業務独占を認めている。また、指示書によらない歯科技工の禁止(同18条)、歯科技工所での歯科技工の実施(同法21条以下)などの定めをおいている。したがって、被告国は、かかる歯科技工士法が歯科技工士制度を設けた趣旨に則り、無資格者に対する歯科技工や指示書によらない歯科技工を原則として行わないよう周知徹底するように指導すべき義務を負っている。
このことは、先に引用した昭和30年10月12日に厚生事務次官から各都道府県知事宛に発せられた通知(厚生省発医第110号)にも、「歯科技工の業務はもとより歯科医師の指示が前提となるものであるが、歯科医師の指示が確実に行われ、かつ、適正な補てつ物、充てん物、または矯正装置が作成されることを担保するための要件として、指示書によるべきことを定め、その保存義務をも課したものであり、これが確実に行われるように特に指導されたいこと。」と明記されていることからも当然導かれるべき義務である。
歯科技工の海外委託の場合には、前記のとおり、無資格者による歯科技工や指示書によらない歯科技工が行われている。これが放置されるならば、歯科技工士制度そのものの根底が崩壊する。
アメリカで海外委託物から鉛が検出され、かつ、当該技工物が日本からも委託している中国で作成されたと報道されているのであるから、被告国は、その危険性を知らせ、歯科技工士法の上記各規定の趣旨に則り、歯科技工士制度の充実発展のために、歯科技工の海外委託を原則として行わないように指導すべきである。
ところが、被告国は、今だ危険性の周知徹底すら行っていない。
これは、歯科技工士法の趣旨に違反するものであり、法規の趣旨に違反した違法な行為である。
3 「違法」−職務上の法的義務も認められる(1) 被告国は、「国賠法上違法が認められるためには、権利ないし法的利益を侵害された当該個別の国民に対する関係において、その損害につき国の賠償責任を負わせるのが妥当かという観点から、職務上の法的義務に違反する行為があるか否かが判断されるべきであるが、本件の原告の主張は、国民一般との関係で広く認められる問題であり、原告らに向けられた職務上の権限を行使すべき法的義務(作為義務)を観念することはできない」と述べている。
(2) 被告国の上記主張に対しては、そもそも国賠法上は「違法」とのみ規定されているのに、この法律の文言に忠実に加害行為の違法性を問うという途を避け、上記「職務上の法的義務」違反が必要とする理由が不明であること、被告国の上記主張によれば国家賠償責任の成立範囲を狭めることになるが、それは被害者救済が第一義的意義を有する国家賠償責任訴訟においては不当であるとの根本的な批判が妥当する(室井力・芝池義一・浜川清編「行政事件訴訟法・国家賠償法」第2版533頁)。
(3) また、被告国が主張するように、仮に「職務上の法的義務」に違反する行為か否かが判断されるべきであるとしても、本件では、原告らに向けられた職務上の法的義務を観念することができる。
ア すなわち、これまで繰り返し述べてきたおとり、歯科技工士である原告らは、歯科技工士法上、歯科技工業務に関して業務を独占的に担うべき地位が保障されている。この歯科技工士の業務独占は、粗悪な補てつ物等を防止し、国民の健康と安全を守るために必要不可欠な制度である。実態としても、今日、歯科技工士の業務独占なくして歯科医業の適正な運用が実現できないことは前記のとおりである。
したがって、歯科医業を適正に運用し、歯科医業の普及と向上を図るべきことに責任を負う被告国(厚生労働省)は、歯科技工士制度を充実発展させるべき責務を負っているのであり、同制度の根底を崩すようなものに対しては、適切な指導監督をすべき義務がある。この義務は、歯科技工士法の趣旨に基づき導かれるところの歯科技工士らの地位保全に向けられた法的義務である。
イ 前記の通り、被告国は、歯科技工の海外委託を調査し実態を把握すべき義務、海外で作成された歯科技工物が危険であることを知らせ、原則として海外に補てつ物等の作成を委託しないように周知徹底するよう指導すべき義務などを負っている。これらの諸義務は、歯科技工士としての原告らの法的地位を保全すべき法的義務といえるのである。
ウ したがって、本件では、原告らに向けられた職務上の権限を行使すべき法的義務が認められるのである。
(4) 被告国が上記法的義務を怠っていることは、前記のとおりである。したがって、被告国が主張するように仮に「職務上の法的義務」が必要であるとの立場に立ったとしても、被告国には同義務違反が認められる。
4 「損害」−精神的損害(1) 前記の通り、被告国は、歯科医師は無資格者に対して歯科技工を委託することも歯科技工士法2条1項ただし書きにより許容されるとの見解を明確に表明している。これは、訴訟の場で被告国の見解として主張されている以上、公的な見解といわざるを得ない。
これまで被告国は、平成17年通達に見られるように、歯科技工の海外委託を許容する立場に立っていることは明かである。
これまで繰り返し述べてきたとおり、被告国の上記見解により歯科技工の海外委託が許容されるのであれば、それは歯科技工士制度そのものの崩壊を生み出すことになる。
(2) 上記国の見解は、歯科技工士業界、さらには歯科医療業界の中で驚きを持って受け止められている。
これから歯科技工士を志していた者らの中にも、被告国の上記対応により歯科技工士制度そのものが失われるおそれがあることを感じ、歯科技工士になることを断念した者もいる。さらに、歯科技工士の学校への就学希望者も減少しており、歯科技工士を養成する学校の中では閉校した学校もある。
原告らは、歯科技工士になるために多額の費用をかけて歯科技工士の学校へ通い、国家資格を取得し、歯科技工士としての仕事を続けてきたし、これからもこの仕事を続けるつもりである。
ところが、被告国の歯科技工海外委託に対する上記対応により、今や自らの生活の基盤である歯科技工士制度そのものの存立が危機におかれている。それによる精神的不安は計り知れないものがある。
それらの不安を生み出しているのは、被告国が歯科技工の海外委託について、無資格者への委託も許されるとの考えの下に許容していることにある。
したがって、原告らは、被告国の上記態度により精神的苦痛を被っており、それを金銭的評価に直すと100万円を下らない。
第7 まとめ 以上のとおり、被告国の主張は、歯科技工士法の解釈を誤ったものであり主張自体失当である。
前記のとおり、被告国の上記主張に対して、歯科医業全体が驚きを持って受け止めるとともに、貴裁判所が歯科技工士の法的地位に対して明確な判断を述べることを期待している。
また、東京都日野市議会では、内閣総理大臣宛に、歯科技工の海外委託について適切に対応するよう求める意見書が採択されるなど(甲28号証)、歯科技工の海外委託問題に対して今日解決すべき課題として大いに関心が寄せられている。
貴裁判所としては、歯科技工士法の趣旨に則り、歯科技工士としての法的地位を明確に認める判断を下すことを切望する。
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これまでのこの裁判に至る経緯と経過は、下記のダウンロードファイル集からご確認ください。
ダウンロードファイル集
http://soshougikoushi2007.seesaa.net/article/94187629.html